1.建設業のコンプライアンス研修の必須テーマ(令和7年~)
(1)下請法と適正な取引関係
建設業において元請-下請関係の適正化はどの時勢でも常に重要テーマであろう。
特に支払い条件、追加・変更工事の取扱い、優越的地位の濫用などについて具体例を交えてコンプライアンス研修で筆頭に取り上げるべきである。
(2)建設キャリアアップシステム(CCUS)の活用
技能者の処遇改善や現場管理の効率化のための建設キャリアアップシステム(Construction Career Up System, 略称CCUS)の導入・活用は、今後ますます重要になる。国交省の方針として、2023年度から一定規模以上の公共工事でCCUS活用・レベル判定を義務化する動きがあった。
(3)外国人労働者の適正雇用
特定技能制度や技能実習制度を利用した外国人労働者の受入れに関する適正な手続きと労務管理は少子高齢化社会で重要性がさらに出てきている。
(4)デジタル化・DXへの対応とコンプライアンス
建設DXの推進に伴うデータ管理、個人情報保護、知的財産権などの問題は日増しに対策の重要性の声が高まっている。
(5)SDGsと環境配慮型建設
環境関連法規の遵守や、カーボンニュートラルへの対応など、特に公共工事では環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)のESG対応が企業の持続的な成長を支えることから加点要素になるケースも増えてきた。
(6)ハラスメント防止
建設現場特有のハラスメント問題と対策も重要である。
(7)現場の安全管理と事故防止
法令上の安全配慮義務と、実際の現場管理の重要性も大切である。
その他、業界の動向を踏まえた実践的な内容、近年の法改正や行政の動向なども必須である。
2.建設会社における「心理的安全性」導入プラン(中川総合法務オフィスが行うコンプライアンス体制導入)
建設業界での心理的安全性の確立は、ハラスメント防止だけでなく、安全管理や品質確保、人材定着にも直結する重要な課題である。
(1)経営層のコミットメントと理解促進
①トップメッセージの発信: 社長や役員から心理的安全性の重要性と会社としての方針を明確に発信
②経営会議での定期的な議題化: 進捗確認と課題抽出を行う仕組みづくり
③具体的な行動指針の策定: 「何を言っても罰せられない」ではなく「建設的な意見交換を推奨する」という前向きな指針の設定
(2)現場監督・職長向けリーダーシップ研修
①コミュニケーションスキル強化: 指示の出し方、フィードバックの与え方のトレーニング
②現場での対話の場づくり: 朝礼や終礼での発言機会の確保方法
③「失敗から学ぶ」文化の醸成: ヒヤリハット事例の共有と改善策の検討を促進する手法3
(3)報告・連絡・相談を促進する仕組み
ノンテクニカルスキル評価の導入: 技術力だけでなく、チーム内での協力やコミュニケーションを評価項目に
匿名フィードバックツールの活用: デジタルツールやアナログな目安箱の設置
小さな改善提案制度: 現場レベルの小さな工夫も積極的に拾い上げ、実践する仕組み
(4)多様な働き手への配慮
外国人技能者向けの配慮: 言語や文化の違いをカバーする工夫(ピクトグラムの活用、通訳アプリの導入など)
ジェンダーバランスへの配慮: 女性技術者・技能者が発言しやすい環境整備
世代間コミュニケーション促進: ベテランと若手の知識・経験の相互交換の場づくり
(5)具体的な施策と実践例
安全パトロールの再設計: 指摘・叱責型から対話・改善型へ
KY活動の進化: 全員参加型のリスク特定と対策立案へ
現場ミーティングのファシリテーション改善: 発言者が偏らないよう工夫
(6)効果測定と継続的改善
定期的な従業員サーベイ: 半年に一度程度の簡易アンケート実施
離職率・休業災害発生率の変化追跡: 数値的な効果測定
好事例の横展開: 成功した現場の取り組みを他現場へ展開する仕組み
(7)建設業特有の課題への対応
元請-下請関係での心理的安全性: 協力会社との関係性構築
短期間で入れ替わる現場メンバーへの対応: 新規入場時教育での心理的安全性の説明
緊急時や納期プレッシャー下での対応: 特に緊張度が高い状況でも意見が言える文化づくり
モデル現場を選定して段階的に実施、建設業界の特性を踏まえた実践的な事例を用いる。
3.建設業における心理的安全性と導入コンプライアンス研修の必須ポイント
(1)イントロダクション
①心理的安全性の概念紹介
「心理的安全性とは、チーム内で意見を言ったり、質問したり、失敗を報告したりしても、非難されたり罰せられたりしないという確信」
建設業界における重要性:安全管理、品質確保、人材定着の基盤
②なぜ今、建設業で心理的安全性が重要なのか
建設業界の現状:高齢化、人材不足、働き方改革
コンプライアンス違反事例の多くが「言い出せない環境」に起因
事故・品質不良の多くが「確認できなかった」「質問できなかった」ことが原因
(2)建設現場の実態と課題
①現状分析:建設現場における心理的安全性の阻害要因
階層構造(元請-下請、職長-作業員)
「現場は厳しくあるべき」という古い価値観
短期間で入れ替わるチーム編成
多様な働き手(年齢、性別、国籍)の増加
②具体的事例の紹介
安全上の懸念を伝えられなかった結果起きた事故事例
ハラスメントが原因で離職した事例
品質不良を指摘できずに発生した手戻り事例
(3)心理的安全性がある現場の特徴
①心理的安全性の高い現場の特徴
適切な質問や懸念の表明が歓迎される
失敗が学びの機会として扱われる
多様な意見や視点が尊重される
相互支援の文化がある
②成功事例の紹介
心理的安全性向上によって安全成績が改善した他社事例
若手の定着率が向上した事例
アイデア提案が増え業務効率が向上した事例
※グループワーク
⇒2-3名のグループに分かれて、テーマ:「自分が意見を言いやすいと感じる現場の特徴は?」で行う。
各グループから1つずつ意見を共有(全体で3-4例)
(4)実践的な取り組み提案
①明日から実践できる心理的安全性向上の取り組み
朝礼・終礼での全員発言機会の確保
「良い指摘ありがとう」の習慣化
ヒヤリハット報告へのポジティブフィードバック
「わからないことは質問しよう」キャンペーン
②会社としての取り組み予定
リーダー向け研修の実施予定
匿名フィードバック制度の検討
評価制度への反映検討
モデル現場での試行導入
■配布資料例
・心理的安全性チェックリスト(自己診断用)
・「言いやすい・聞きやすい」コミュニケーションポイント集
・モデル現場選定アンケート(希望者募集)
4.心理的安全性が建設業に必須の事例
(1)事例1:足場の不安定さを指摘できなかったケース
新人作業員Aさんは、足場の一部が適切に固定されていないことに気づきました。しかし、「新人なのに口出しすると目立つ」「ベテランが組んだ足場に文句を言うと嫌われる」と考え、黙っていました。作業中、その不安定な足場が崩れ、2名が転落して1名が重傷を負う事故が発生しました。
事故調査の結果、他の作業員も不安定さに気づいていたが、職長の機嫌を損ねたくないという理由で誰も指摘しなかったことが判明しました。
(2)事例2:作業手順の省略を止められなかったケース
工期が逼迫していた現場で、上司が「今日中に終わらせるため」という理由で安全手順の一部省略を指示しました。経験豊富な職人Bさんは危険性を認識していましたが、「工期最優先」という雰囲気の中で異議を唱えられず、指示に従いました。結果、転倒事故が発生し、Bさん本人が負傷しました。
後の聞き取りで、Bさんは「危険だと思ったが、工期が遅れることを指摘すると『言い訳ばかりする』と思われると思った」と証言しています。
(3)事例3:重機操作の不安を伝えられなかったケース
経験の浅いオペレーターCさんは、慣れていない新型重機の操作を任されました。本来なら追加訓練が必要でしたが、「簡単だから大丈夫」と言われ、自分の技量不足を認めることに抵抗を感じて不安を伝えられませんでした。作業中に誤操作により資材が落下し、近くにいた作業員が軽傷を負いました。
事故後、Cさんは「未熟だと思われたくなかった」「自分だけ特別扱いを求めるのは申し訳ない」と話しました。