内部職員によるインサイダー取引を防止するコンプライアンス態勢のやり方と日経事件

1.インサイダー取引とコンプライアンス

証券取引等監視委員会/Securities and Exchange Surveillance Commission HP参照

(1)インサイダー規制の根拠

上場会社の役職員等の会社関係者は、投資家の投資判断に影響を及ぼすべき情報について、容易に接近しうる特別な立場にあり、未公表の情報を知りながら行う有価証券に係る取引は、当該情報を知りえない一般の投資家と比べて著しく有利となり、極めて不公平である。

そのため、

①上場会社等の会社関係者が、

②当該上場会社等の業務等に関する重要事実を、職務に関し知った上で、

③公表前に、

④当該上場会社等の株券等を売買することは、

内部者取引として禁止され、会社関係者から重要事実の伝達を受けた第一次情報受領者も対象となる。

(H26金融商品取引法改正で投資法人の発行する投資証券等の取引がインサイダー取引規制の対象に加わる)

2.インサイダー取引成立要件「会社関係者・情報受領者」

会社関係者:上場会社等の役職員、帳簿閲覧権を有する株主、法令に基づく権限を有する者(例:監督官庁の職員)、契約締結者、締結交渉中の者(関与する弁護士等も含む)等

元会社関係者(会社関係者でなくなってから1年以内の者)

情報受領者:会社関係者から重要事実の伝達を受けた者(例:家族、同僚)

3.インサイダー取引成立要件「重要事実(決定事実、発生事実、決算情報、バスケット条項)」

投資判断に重要な影響を及ぼす情報:新株等発行、株式交換、合併、業務提携、災害等による損害、主要株主異動、業績予想修正、その他投資判断に著しい影響を及ぼす情報等

日常用語の「重要な事実」と同じではない。子会社に生じた事実も含まれる

重要事実の発生時期は、会社の正式な機関決定(取締役会決議など)よりも相当早い時期に実質的な決定がされたと認定されるのが通常である

3.インサイダー成立要件「公表」

TDnetを通じた適時開示、新聞等報道機関2社以上+12時間ルール、開示開示書類の公衆縦覧

4.インサイダー取引成立要件「金融商品取引法第166条 会社関係者の禁止行為」

1 次の各号に掲げる者(以下この条において「会社関係者」という。)であって、上場会社等に係る業務等に関する重要事実・・・を当該各号に定めるところにより知ったものは、当該業務等に関する重要事実の公表がされた後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買・・・をしてはならない。・・・会社関係者でなくなった後一年以内のものについても、同様とする。…

5.インサイダー取引成立要件「金融商品取引法第167条 公開買付者等関係者の禁止行為」

1 次の各号に掲げる者(以下この条において「公開買付者等関係者」という。)であって、・・・公開買付け・・・若しくはこれに準ずる行為として政令で定めるもの・・・をする者・・・の公開買付け等の実施に関する事実・・・を当該各号に定めるところにより知ったものは、当該公開買付け等の実施に関する事実・・・の公表がされた後でなければ、・・・上場等株券等・・・に係る買付け等・・・をしてはならない。・・・公開買付者等関係者でなくなった後一年以内のものについても、同様とする。…

6.刑罰と課徴金

インサイダー(内部者)取引を行なった者は、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰則(又は懲役と罰則の両方)がかけられ(金商法第197条の2 13号)、インサイダー取引によって得た財産は没収される(198条の2 1項1号)。

なお、法人にあっては、犯罪を行なった法人関係者個人だけでなく、法人そのものにも罰則がかけられる場合、その法人に対して5億円以下の罰金となる(207条1項2号)。

さらに、行政上の措置として、インサイダー取引規制に違反して自己の計算で有価証券の売買等を行ったものに対して、金融庁から課徴金納付命令が出され、違反行為によって得た経済的利益相当額を基準として定められた方法によって算出された金額を国庫に納める(金商法 175条)。

参考.インサイダー取引とリスク管理の善管注意義務についての日本経済新聞社事件(東京地判平21.10.22)

1.インサイダー取引に関する重要判決である日経事件の結論

日本経済新聞社のような株式会社の取締役は,会社の事業の規模や特性に応じて,従業員による不正行為などを含めて,リスクの状況を正確に把握し,適切にリスクを管理する体制を構築し,また,その職責や必要の限度において,個別リスクの発生を防止するために指導監督すべき善管注意義務を負う(東京地判平21.10.22)

2.日経事件の事案

日本経済新聞等を発行する補助参加入の従業員が,平成17年8月ころから平成18年1月までの間,補助参加入が管理するコンピュータ内の広告主の法定公告に関する情報を利用してインサイダー取引を行い,その一部について刑事責任を問われたことについて。

補助参加入の株主である原告らが,平成14年3月から平成18年2月までの間に在任した補助参加入の取締役9名(代表取締役,社長室担当取締役又は広告担当取締役)を被告として,被告らには,上記の従業員によるインサイダー取引を防止することを怠った任務俗怠(善管注意義務違反)があり,これによって,補助参加入の社会的信用が失墜し,そのコーポレートブランド価値1507億2900万円のうち少なくとも1%は毀損されたから,その損害は10億円を下回ることはないと主張して,

平成!7年法律第87号会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律78条及び同法による改正前の商法(以下「旧商法」という。)266条1項5号並びに会社法847条3項(会社法附則2項)に基づいて,被告らに対して,補助参加入に,連帯して損害賠償金10億円及びこれに対する請求の後の日(被告らに対する訴状送達の日のうち最も遅い日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた株主代表訴訟である。

3.日経事件判決の主要部分

(1)インサイダー取引による有罪判決確定

…甲野は,平成17年8月ころから平成18年1月までの間,アドバンス内の情報で,上場会社の株式分割などの法定公告が日経新聞に掲載される予定であることを把握し。これに自らの経済知識や公表情報を加味して,当該株式分割の内容を推測して,値上がりの見込める株式を,法定公告掲載前に買った上,法定公告掲載後に売り抜けるというインサイダー取引(以下「本件インサイダー取引」という。)を行った。

甲野は,平成18年7月25日,証券取引法違反(インサイダー取引)の罪により逮捕され,同年12月25日,本件インサイダー取引のうち5件の犯罪事実について,懲役2年6月,執行猶予4年,罰金600万円,追徴金1億1674万3900円の有罪判決を受け,同判決は確定した。…

(2)インサイダー取引防止施策

(ア)補助参加入は,すでに,平成元年10月,就業規則の附属規定として全社の「インサイダー取引規制に関する規定」(丙15)を制定していた。

その内容は,従業員は,言論・報道機関に勤務している者として高い倫理観に基づいてインサイダー取引規制法規を遵守しなければならないとし(2条),

職務上知った重要な外部情報を第三者に漏らしたり、その情報が一般に公表されないうちにその情報に関連した株券等法令で定めるものを売買してはならない(3条)とするものである。

そして,補助参加人は,就業規則(丙16)において,上記規定を遵守しなければならないとし(32条),これに違反した場合は就業規則違反として懲戒処分の対象となる(77条)とするとともに,平成元年9月の社内報(丙17)に解説文とともに掲載していた。

また,広告局においては,平成元年2月,広告局内規「広告局インサイダー取引規制関連規約」(丙26)を制定していた。

さらに,従業員に対し,法令遵守に関する社内研修を実施して周知を図った。

なお,取締役は‥上記規定の適用を受けないため,平成元年9月,別途,取締役会においてインサイダー取引防止に関する申し合わせをした。

(イ)補助参加入は,平成14年4月,補助参加入の子会社であるテレピ東京株式会社の上場に関連して「テレビ東京株式上場に伴う売買・保有,情報管理に関す民・商事裁判例 商法,会社法指針」を作成して、インサイダー取引規制に関する従業員の注意を喚起した。

(ウ)ADEX事件の発生とそれを受けての対応

a 平成17年6月,補助参加人の取引先である広告代理店ADEXにおいて,ある上場企業から日経新聞に対する株式分割の法定公告の掲載依頼を受けた事実を部下からの報告で知った営業部長が,インサイダー取引をしていたことが発覚して懲戒解雇されるという事件が報道された。

b それに先立つ平成17年1月下句,当時東京本社広告局長であった被告九重は,ADEXの社長から,インサイダー取引の容疑で証券取引等監視委員会の調査を受けていることを伝えられた。

c 被告九重は、その直後又は同年3月に広告担当取締役となってからも,補助参加入の取締役会経営会議に諮って,ADEX事件への対応とともに広告局におけるインサイダー取引防止策を検討した。

その結果,ADEX事件が情報を知り得る権限のある者がそれを悪用した犯行であったことから,不可避的にインサイダー情報に接する広告局員に対して法令遵守のための注意喚起、教育等を徹底することが,最も適切な方法であると判断し,これを実施した。

d 具体的には,被告九重は、全体部長会,東西連絡会議等の会議において,従業員がインサイダー取引を起こさないように管理・教育等を徹底するように繰り返し指示するとともに,平成17年4月には。広告局内規の「広告局インサイダー取引規制に聞する規定」を改定し,改定広告局内規(丙27)を直ちに各部長を通じて部員に伝達し,また,広告局内のイントラネットや共通フォルダにも掲示した。

東京本社広告局は,同年5月上旬には,改定広告局内規等を小冊子(丙28)にして,全国の広告局員に配布した。

さらに平成17年7月開催の法務研修会では。弁護士を講師として,「インサイダー取引と企業のコンブライアンス」と題する研修も行った。

なお,補助参加入は,同年5月25日,ADEXとの取引を停止し,その後,その原因がADEXにおけるインサイダー取引であることを全体部長会や臨時東京本社広告局会議(全員出席)で説明して。更なるインサイダー取引防止を訴えた。

(3)インサイダー取引を防止する任務解怠の有無(予見可能性・善管注意義務違反の有無)の判断

ア 従業員による不正行為を防止すべき取締役の善管注意義務

株式会社の取締役は,会社の事業の規模や特性に応じて,従業員による不正行為などを含めて,リスクの状況を正確に把握し,適切にリスクを管理する体制を構築し また。その職責や必要の限度において,個別リスクの発生を防止するために指導監督すべき善管注意義務を負うものと解される(旧商法254条3項,民法644条)。

イ 本件における被告ら取締役の善管注意義務

本件においては,代表取締役,社長室担当取締役又は広告担当取締役であった被告らに従業員である甲野の不正行為,すなわち,アドバンス内の株式分割などの法定公告の種別が表示された広告申込情報を利用した本件インサイダー取引を防止する任務僻怠(善管注意義務違反)があったか否かが問われている。

認定事実((1)ア)のとおり,補助参加入は,経済情報を中心として日経新聞など5紙を発行する我が国有数の報道機関であり,その報道機関としての性質上,多種多様な情報を大量に取り扱っており,その従業員は。報道部門や広告部門なども含めて,業務遂行上,秘密性のある情報や未公表情報などのインサイダー情報に接する機会が多いといえる。

したがって,補助参加入の取締役としては,それらの事情を踏まえ,一般的に予見できる従業員によるインサイダー取引を防止し得る程度の管理体制を構築し、また,その職責や必要の限度において、従業員によるインサイダー取引を防止するために指導監督すべき善管注意義務を負うものと解される。

…会社が,その有する多種多様な情報について,どのような管理体制を構築すべきかについては,当該会社の事業内容,情報の性質・内容・秘匿性,業務の在り方,人的・物的態勢など諸般の事情を考慮して、その合理的な裁量に委ねられていると解される。

この観点からみると,補助参加人(被告ら取締役)が本件インサイダー取引当時とっていた上記aの管理体制は,情報管理に関して,一般的にみて合理的な管理体制であったということができる。…」

Follow me!