1.【日本銀行セクシュアル・ハラスメント事件】

・概要 : 銀行Y1の行員であったXが、支店長であったY2からセクシュアル・ハラスメントを受けたために精神的に不調をきたした等と主張し、(1)Y1に対して不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償、(2)Y2に対して不法行為に基づく損害賠償、(3)Y1、Y2に対して謝罪文の作成、交付及び掲示を求めた。裁判の結果、(3)以外は認められた。

・判決理由 :「‥‥被告Y2は、原告に対し、職場における上下関係を背景に、既に本件第一セクハラ行為による被害を受けており、嫌がる原告をしつこく食事などに誘い、原告をして、これを角の立つ形で断れば、自分の労働条件ないし労働環境の悪化を心配せざるを得ないというのっぴきならない立場に追い込み、精神的苦痛を与えたもので、典型的なセクシャル・ハラスメントの一種というべきであって、これが原告の人格権を侵害する不法行為に当たることは明らかである。

 とりわけ、本件においては、原告は、既に本件第一セクハラ行為の被害を受けているから、その後の誘いは、これに応じれば本件第一セクハラ行為と同様ないしそれ以上の被害を受けることを想像させるものであって、その苦痛は深刻なものであったと考えられる。〔中略〕本件第一セクハラ行為は、勤務時間外に、職場でなく、本件クラブで行われたものである。

 しかしながら、‥‥(1)被告Y2は、かねて職場内のコミュニケーションを図るためと称して女性職員と二人だけで食事に出かけており、「A」での食事の誘いもその一環としてのものであったと考えられること、(2)被告Y2は、原告を「A」での食事に誘った目的は「部下との意思疎通を図ることと、原告が書類整理で頑張ってくれたことに対する感謝の意を表すこと」であったと主張していること、(3)被告Y2は、勤務時間中に原告を支店長室まで呼び出して、日程を決めたこと、(4)原告が食事の誘いに応じた理由は、所属する京都支店の最高責任者である被告Y2に自分を理解してもらい、働きやすい環境をつくりたいと考えたためであること、(5)本件クラブは、都ホテルにとっての重要人物しか利用できない部屋であって、被告Y2は、被告銀行の京都支店長であるからこそこれを利用できたものであること、(6)被告Y2は、本件クラブを、仕事上の打ち合わせや接待、京都支店の行員らとの飲み会の二次会などに頻繁に使用していたことなどの事実を指摘することができ、これらの事情を総合勘案すれば、本件第一セクハラ行為は、被告Y2の京都支店長としての職務と密接に関連するものと認めるのが相当であるから、これによって原告が被った損害は、被告Y2が被告銀行の事業の執行につき加えた損害に当たるというべきである。
‥‥本件第二セクハラ行為は、被告Y2が、勤務時間中に、京都支店内で、支店長室から京都支店の内線電話や電子メールシステムを利用して行ったものであることを考慮すると、被告Y2の職務と密接に関連するものと認めるのが相当であるから、これによって原告が被った損害は、被告Y2が被告銀行の事業の執行につき加えた損害に当たるというべきである。〔中略〕

 本件第一セクハラ行為は、被告Y2が京都支店で最高の地位にあることを背景にし、一従業員である原告にとってはその理不尽な要求に容易に抗い難い状況の中で行われた卑劣なものであり、その態様も悪質であったこと、本件第二セクハラ行為も、原告の精神状態を無視するか、若しくは全く理解せず、一か月余にわたってしつこく行われたものであること、これによって、原告は精神的に苦しむのみならず、身体的不調にまで陥り、挙げ句に被告銀行の退職のやむなきにまで追い込まれ、その人生設計に大きな狂いを生じたこと、その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、原告が被った精神的苦痛を慰謝するために金一五〇万円をもってするのが相当である。

 ‥‥民法七二三条は、名誉が害された場合に、裁判所が被害者の名誉を回復するための適当な処分を命じることができる旨を定めているが、ここにいう「名誉」とは、人がその人格的価値について社会から受ける客観的評価をいうと解されるところ、被告Y2の本件各セクハラ行為によって原告の客観的評価が毀損したとは認められない。また、原告は、謝罪文の交付及び掲示を求める根拠として人格権を主長するが、人格権に基づいて謝罪文の交付及び掲示を求めることができるとしても、本件において、金銭による損害賠償のほかに謝罪文の交付及び掲示によらなければ回復し得ない損害を原告が受けたとまでは認められない。‥‥」

 なお、判決文によれば、1997年11月、支店長は女性行員を夜間食事に 誘ったのち、ホテルの会員制クラブ(日銀支店長として会員となっていたクラブであ り、業務上の接待等に利用)の個室において、女子行員の手を握るなどして、嫌がる 同人をソファーに押し付けて・・をし、着衣上から・・・・に触るのみならず、上着 の下から手を入れて・・・・・を触るなどの行為をした他、支店内に おいて、支店長が女子行員に対し電子メールや支店内線電話を用いて、1週間に2回 ほどの頻度で食事に誘い、約1か月間にわたって私的な付き合いを求めた結果、女性行員は、前記のセクハラ行為により、心身に不調を来すようになり、メニエー ル症候群・右低音障害型感音難聴との診断を受け、診断後約1年間にわたり通院と投薬を継続した。女性行員が上司に本件につき相談したことで、支店長のセクハラ行為 に関する調査がなされ、下記の譴責処分になった。

 女性行員は処分が軽すぎるとして支店長への謝罪を求めようとしたが、相談した上司らに思いとどまるよう促され、職場に おいても同僚から避けられるようになった。孤立感を深めた女性行員は、日銀を退職 せざるをえない状況に陥った。

・結果的に、民事責任として日銀支店長と日銀に対し、連帯して約680万円の支払いを命じた判決が確定(大阪高判平成14・2・27、京都地判平成13・3・22判例時報1754号125頁/判例タイムズ1086号211頁)。しかし日銀は、当事者である支店長に対し譴責処分をしたのみである。再発防止策も不明、この支店長は退職金も 支給され、大阪証券取引所に再就職した。

2.日本銀行の現在のハラスメント対策は十分になされているのか。

・男女雇用機会均等法のみならず労働施策総合推進法で優越的言動問題としてパワーハラスメントが扱われるように2020年6月からなっており、今日ではそれに該当するこの案件はハラスメントによって弱い立場のものを追い込む典型例であろう。ハラスメントの相談窓口やきちんとした再発防止策の公表もない最低レベルの日本銀行の対応である。情けない。