1.JA(農業協同組合)コンプライアンスの基本
(1)JAの定款:JAの憲法に相当(コンプライアンス・リスク管理規定を入れる)
農協の根本規範で国家の憲法に相当する「定款」には、コンプライアンス規定及びリスク管理規定が今日では必要である。
(2)具体例:「道北なよろ農業協同組合」の定款
たとえば、北海道の「道北なよろ農業協同組合」の定款には理事会の権限に関する事項に以下のコンプライアンスやリスクマネジメントに関する規定がある。
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(理事会の議決事項)
第57条 次に掲げる事項は、理事会においてこれを決する。
1 業務を執行するための方針に関する事項
2 総会の招集及び総会に付議すべき事項
3 役員の選任及び総代の選挙に関する事項
4 参事の任免に関する事項
5 1件当たり300万円以上の固定資産の取得又は処分に関する事項
6 1件当たり300万円以上のリース取引による固定資産の賃借に関する事項
7 余裕金の運用の方針及び運用方法ならびに余裕金運用規程の設定、変更及び廃止に関す
る事項
8 コンプライアンス・プログラム(コンプライアンス・マニュアル含む)の設定及び変更
…以下略
(理事会の報告事項)
第58条 組合長は、次に掲げる事項を定期的に理事会に報告しなければならない。
1 組合員の加入及び脱退の状況
2 取扱高その他この組合の事業の実施状況
3 余裕金の運用状況
4 内部統制(コンプライアンス・プログラム含む。)及びリスク管理に係る取組状況
…以下略
(3)JAの定款の定義と意義
定款とは,組合の組織,事業,運営等の組合の基本的重要事項について必要な定めをした組合の基本的自治法規であって,組合の設立の際に一定の手続きを経て設定され,組合組織が存続する限りは廃止することのできない根本規範である。
国家法の体系の中では憲法に相当するものである。
特に今日のガバナンス重視経営の要請される時代にあっては、コンプライアンスに関する定めやリスクマネジメントに関する定めがぜひとも必要であろう。
これらの規定がない定款は早急に定款を見直して改正すべきである。
(先ごろある農業団体の定款をかかる観点から中川総合法務オフィスで見直したところである)
(4)定款の効果
定款は組合の内部を規律する自治法規なので,組合自体,組合員および役職員は,それぞれ定款に拘束され,それらの者の相互間の関係も,定款によって規律されるが第三者である者に対しては拘束力はない。
組合の定款は,設立準備会において選任された定款作成委員が,設立準備会の決定事項に従って作成し,創立総会の議決を経て確定される(農協法第57条・第58条)。
定款は,設立認可の申請の際,行政庁に提出しなければならないものとされ,その提出された定款は,行政庁が設立の認可をするかどうかの判断をする際の基準になる(農協法第59条・第60条第1項)。
農協の模範定款例というのは,農協法第73条の22第3項の規定に基づいて,中央会の事業の一環として組合の定款の重要性から模範的なものとして定められている。
(5)定款の改正
定款を改正することは,可能であるが,総会の特別議決が必要であり,しかも,事務所の所在地の名称の変更および関係法令の改正に伴う条項の移動等に伴う規定の整理といった実質的内容の変更を伴わない軽微な事項を除き,行政庁の認可を受けなければ,その効力が生じない(農協法第44条,第46条,施行規則第175条,農協法施行規程第38条)。
(6)他の組合の自治法規
定款のほかには,規約および信用事業規程,共済規程,信託規程,宅地等供給事業実施規程,農業経営規程等の自治法規を農協法は定めているが、特に規約は定款を第一に補完するものである。
2.JA(農業協同組合)におけるリスクマネジメント:ERM導入の有効性
(1)リスクマネジメント
リスクマネジメントについては、経営全体をトータルに統制するテクニカルタームとして昨今は人口に膾炙している。
この手法は、会社や自治体について価値中立的で、ある種の機械的は道具またはツールとして扱えるがゆえに汎用性がとても高いのである。
このきっかけになったCOSOはアメリカ合衆国では勿論の事、先進国に広がり日本でも内部統制のデファクトスタンダードになってきているであろう。
(2)先進的なJAにおけるリスクマネジメントの導入
そのリスクマネジメントをJAにおいても導入する動きが見受けられる。
例えば山口県のJA周南では、所謂「ERM(enterprise risk management)」統合的リスクマネジメントの手法を導入して実績をあげているようである。
(3)リスクマネジメント導入の効果
リスクマネジメントは、価値中立的であるがゆえにコンプライアンスや危機管理とも相性がよく経営管理にうまく使い分けることが可能である。
私も昨今の講演や研修講師の話では違和感なくリスクマネジメントとコンプライアンス、危機管理の話を組み合わせて話しいる。
3.コンプライアンス態勢としての法改正による経営管理委員会制度の導入
(1)二重トップ制?
JAでの役員対象のコンプライアンス研修の講師を担当してきた。
そこで、いつもやはり他の機関と比べて若干奇異に映るのはトップ機関の二重性である。
どうみても、事実上、JA代表は「経営管理委員会会長」と「代表理事理事長」の2人いると感じる。
名刺交換する。どちらの方を先にすればいいのか。
話がややっこしいのは、理事長には組合員の方の場合と上級職員の方の場合があるのとその理事会には両者の混合もある事であろうか。
(2)理事会だけに戻す動き
JA関係の雑誌では、全国の組合で農協法の改正で平成9年から新体制が可能になったが、今度は理事会1本に戻すところも多いようである(JA経営実務など)。
農業共済組合等は、農協の旧体制のままであってコンプライアンス上は組織態勢に問題があるとはあまり思わない。
たしかに、住専問題を契機に、わが国金融システム全体の再編とともに農協系統金融機関の再編・合理化の早急な実現が強く要請され、農協系統の信用事業はそもそも民間金融事業であり、資金量も大きくわが国金融システムの重要な一環を担っていることは否めないであろう。
しかし、だからといって農協の理念を忘れてはいけないであろう。
もともと、農協は、農業者の自主的な根互扶助組織として農協法等に基づいて設立・運営されており、経済事業・信用事業・共済事業・指導事業等総合的に行うことによって農業の振興や農村地域の活性化に大きな役割を果たしてきたのみならず、農協は日本の地域を支えるきわめて代替性のない組織である。
コンビニの比でないであろう、社会的インフラとして。
ベルサイユ政治は止めてほしい。
地域あっての中央である。
やはり、代表による運営を基本であって、それを支えるのが農協職員である。その経営能力や運営能力を高めることが筋であろう。
外部の力が絶対必要なのであろうか。
コンプライアンス態勢の強化は旧制度の下でも十分可能である。
問題は、この二重構造のもとでは民意の反映という民主主義的運営の基本が図りにくくなることである。
それが可能であれば新制度でもいいであろう。
(3)コンプライアンスの根本から考える
コンプライアンスの基本はステークホルダーの信頼である。その観点からは、外部からも内部からも分り易い組織こそが妥当なのであるまいか。
旧制度も新制度もこの点を忘れてはいけない。
4.農業協同組合(JA)のコンプライアンス態勢の見直しについて
(1)系統金融機関向けの総合的な監督指針
農業協同組合(JA)に対するコンプライアンス態勢の再構築については、金融庁と農水省の共作になる
「系統金融機関向けの総合的な監督指針」平成23年版が極めて参考になる。
※なお、令和5年春には重要な改正が続いた。⇒ 「共済事業向けの総合的な監督指針」を改正(令和5年3月31日付け)、「農業協同組合、農業協同組合連合会及び農事組合法人向けの総合的な監督指針(信用事業及び共済事業のみに係るものを除く。)」を改正(令和5年3月29日付け)
「系統金融機関向けの総合的な監督指針」を改正(令和5年1月27日付け・適用日:令和6年4月1日)
そこには、ガバナンスの問題についての詳細な記述がある。
例えば、若干モデファイして引用すると
「…経営管理が有効に機能するためには、その組織の構成要素がそれぞれ本来求められる役割を果たしていることが前提となる。
具体的には、経営管理委員会、理事会、監事、監事会(監事会を設置の場合)といった機関が経営をチェックできていること、
各部門間のけん制や内部監査部門が健全に機能していること等が重要である。
また、経営管理委員会会長、経営管理委員、代表理事、理事、監事及びすべての職階における職員が自らの役割を理解し、そのプロセスに十分関与することが必要となる。
また、信用事業の高度な公共性にかんがみ、信用維持、預貯金者等の保護及び金融の円滑化を図るため、系統金融機関の業務の健全かつ適切な運営を求めていることを踏まえ、常務に従事する理事には、その資質について極めて高いものが求められる。
(2)JAの経営の検証
なお、検証に当たっては、系統金融機関についてこれまで経営の健全性が損なわれた事例の一部を見ると、
「特定関係者による実質的な経営支配」、
「経営トップによる長期・過度なワンマン経営」、
「非農林水産業向けの特定大口先の融資拡大」、
「体制等が不十分な状況下での有価証券の運用」、
「相互けん制体制の欠如」
等の弊害が明らかになっていることに留意するものとする。
※京都の農業協同組合はこれらがいくつも当てはまる酷い状況にある。マスコミの批判も馬耳東風である。
5.JA(農協)に求められるコンプライアンス体制の特徴と方向性(プログラム)
(1)これまでの農協活動の意義
農協は、農業者の相互扶助を基本理念とした民間協同組織として、指導事業を中心に経済、信用、共済といった各種事業を行い農村部の発展に尽くしてきた。
その中で、JAグループ(農協系統)は、総合農協を会員とする都道府県や全国段階の連合会、グループの代表機能をもつ中央会等により構成されている。…
また、この間、全国農業協同組合連合会(JA全農)は、農林水産省の業務改善命令(2005年10月)に基づき策定された改善計画(2005年12月)を「新生プラン」として位置付け、農薬、肥料等の生産資材手数料や米の流通コストの削減等のほか、2007年から5年間で240億円の担い手対策に取り組んでいる。
また、JAグループにおいても、「経済事業改革の徹底と全農『新生プラン』の実践」(2006年10月のJA全国大会での決議)に基づき、グループ全体で抜本的な改革に取り組んでいる。
(2)不祥事の発生の増加への対応
不祥事未然防止マニュアルを整備し、チェックリストの活用を徹底する。ヘルプライン(内部通報制度)の整備・活用を図る。
6.【農業協同組合法】のコンプライアンス関連重要規定
(1)コンプライアンスでの農協法の重要性
コンプライアンス態勢は、基本は同じでも、業界や業態などによって、その内容は大きく異なる。
JA(農協)のコンプライアンス態勢においては、農業協同組合法の基本法でありいわば国家法体系の憲法に相当するものが最重要である。
(2)【農業協同組合法】のコンプライアンス関連重要規定
●第一条 この法律は、農業者の協同組織の発達を促進することにより、農業生産力の増進及び農業者の経済的社会的地位の向上を図り、もつて国民経済の発展に寄与することを目的とする。
●第三十五条の二 理事…は、法令、法令に基づいてする行政庁の処分、定款等及び総会…の決議を遵守し、組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない。…
●第三十五条の五 監事は、理事…の職務の執行を監査する。この場合において、監事は、農林水産省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならない。
○2 監事は、いつでも、理事及び参事その他の使用人に対して事業の報告を求め、又は組合の業務及び財産の状況の調査をすることができる。
○3 監事は、理事が不正の行為をし、若しくは当該行為をするおそれがあると認めるとき、又は法令若しくは定款に違反する事実若しくは著しく不当な事実があると認めるときは、遅滞なく、その旨を理事会…に報告しなければならない。…
●第三十七条の二 次に掲げる組合…は、第三十六条第二項の規定により作成したものについて、監事の監査のほか、農林水産省令で定めるところにより、全国農業協同組合中央会…の監査を受けなければならない。この場合において、監査を行う全国中央会は、農林水産省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならない。
一 第十条第一項第三号の事業を行う農業協同組合
二 農業協同組合連合会
●第七十三条の二十七 全国中央会は、第三十七条の二第一項の監査以外の監査について、毎事業年度、監査の対象としようとする組合、当該組合…の地区を管轄する都道府県知事及び主務大臣の意見を聴いて、監査実施計画を定めなければならない。
●第九十三条 行政庁は、組合、農事組合法人若しくは中央会から、当該組合、農事組合法人若しくは中央会が法令、法令に基づいてする行政庁の処分、定款、規約、信用事業規程、共済規程、信託規程、宅地等供給事業実施規程若しくは農業経営規程を守つているかどうかを知るために必要な報告を徴し、又は組合、農事組合法人若しくは中央会に対し、その組合員…、役員、使用人、事業の分量その他組合、農事組合法人若しくは中央会の一般的状況に関する資料であつて組合、農事組合法人若しくは中央会に関する行政を適正に処理するために特に必要なものの提出を命ずることができる。…
●第九十四条 組合員がその総数の十分の一以上の同意を得て、組合又は中央会の業務又は会計が法令、法令に基づいてする行政庁の処分又は定款、規約、信用事業規程、共済規程、信託規程、宅地等供給事業実施規程若しくは農業経営規程に違反する疑いがあることを理由として検査を請求したときは、行政庁は、当該組合又は中央会の業務又は会計の状況を検査しなければならない。…